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    <title>江別 タウン情報誌 えべつeye</title>
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    <description>北海道 江別市 グルメ 飲食店 地図 えべつ・アイ</description>
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      <title>江別 タウン情報誌 えべつeye</title>
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      <title>生舞台鑑賞の感動を多くの子どもにと願い「江別子ども劇場」を牽引。</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=3</link>
      <description>2008年1月号生舞台鑑賞の感動を多くの子どもにと願い「江別子ども劇場」を牽引。川守田阿津子さん　全国で活躍中の劇団の生舞台を鑑賞したり、劇やイベントなどを仲間同士でつくって楽しむなどの活動を行っている「江別子ども劇場」の代表となる運営委員長を２年前から務めています。同劇場には１０年前、お子さんが小学１年生の時に入会、もともと舞台鑑賞などが好きだった川守田さんにとっては、親子で舞台鑑賞ができる最高の場となりました。　例会とよばれる生舞台鑑賞は年間に４回程度ですが、「生舞台は観客の雰囲気でその都度ごとに変わる世界で一つだけのもの。その生舞台をじかに体感することで感情が豊かになっていきます」と効果を説明。また、子ども劇場は全国で展開されていることから、「転勤などで違う土地に移っても、その土地の同劇場に入れば、会話がつながるし、すぐにネットワークに加わることもできます」と親の側のコミュニケーションにも効果的とも。　毎年７月には酪農学園大のキャンパスを借り切っての「こどもまつり」、１１月にはえぽあホールで「子ども文化祭」なども行っていますが、近年、少子化などの影響で会員が減少、最大１２００名を数えた会員数も３００名を割っています。「幼児から大人までの異年齢交流はとても貴重な経験。生舞台による感動や人と人がつながり、みんながそれぞれの立場で助け合って、いろいろなものを作り出していく楽しさを、ひとりでも多くの人に感じてほしい」と話します。同劇場への問い合わせは３８３−９６６１。野幌美幸町在住。</description>
      <pubDate>Mon, 07 Jan 2008 11:21:42 +0900</pubDate>
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      <title>地域の子育てを支援しながらフルマラソンを走り抜く市民ランナー</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=4</link>
      <description>2007年12月号地域の子育てを支援しながらフルマラソンを走り抜く市民ランナー鹿又眞理さん　江別市内で数人いるとされる女性のフルマラソン市民ランナーのひとり。マラソンを走るようになったきっかけは結婚後にパートで勤めていたスポーツ店の同僚に誘われたこと。学生時代から長距離走には多少自信があり、まず５kmに挑戦。「こんなに辛いとは」との挫折感からマラソン熱に火が灯りました。その後、１０km、ハーフと距離を伸ばし、１１年前の北海道マラソンでフルマラソンに初挑戦。そのときのタイムは３時間５３分。１kmを約５分３０秒ペースで走りました。その後１１回の参加でのベストタイムは１kmを４分台後半で駆け抜ける３時間２３分で、市民ランナーとしては上々の記録です。「走っているときはとにかく辛い」と話しますが、それでも走り続けるのは「走り終わった後の達成感が快感」で、いままで途中で棄権したことがないことも自慢。また、北海道マラソンでは３０km付近に結婚した娘さんの家があり、「一番辛いときの娘と孫の応援が何よりのスペシャルドリンク」と完走の裏話も。平素は豊幌小学校で有償ボランティアとして地域の子ども達の子育てを支援しています。「豊幌はトレーニングする環境に恵まれているし、フルマラソンの完走者に贈られるメダルを子ども達に見せるととても喜んでくれる」ことなどを励みに、「参加者の最高齢者になるまで、走り続けたい」と笑います。豊幌美咲町在住。</description>
      <pubDate>Fri, 07 Dec 2007 11:40:00 +0900</pubDate>
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      <title>「たかが万華鏡、されど万華鏡」でコミュニケーション力アップと癒しを提供</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=5</link>
      <description>2007年11月号「たかが万華鏡、されど万華鏡」でコミュニケーション力アップと癒しを提供志田朋子さん　金属工芸コースを学んだ短大時代に七宝という加工金属に出会い、市内に玲工房を開設。近年では七宝のアクセサリーを本州のデパートの北海道物産展などで展示販売し、人気を博しているアクセサリー作家の志田朋子さんは、コミュニケーション能力を高めるコーチング・コーチという側面も持っています。自らの作品を流通業界にプレゼンテーションする必要から学んだコーチングでしたが、コーチング仲間でものづくりに興味がある４名で今年１月に「万華鏡倶楽部」を設立。その代表としてボランティア活動を展開しています。サッポロファクトリー内の万華鏡ショップ「きいちご」のオーナーに製作を頼まれたことが縁ではじめた万華鏡づくりですが、作り始めてみたところ「一瞬たりとも同じではなく、世界に一つだけの模様」の万華鏡のとりこになりました。日常と違う視界を見ることによって「集中してリラックスできる」万華鏡には癒しの効果もあるそうで、リサイクル材料でつくられた万華鏡を子供や高齢者らに寄贈しているほか、夏休みや冬休みには万華鏡をつくりながらコミュニケーション力やアイデアを拡げる目的も兼ねた子供教室「万華鏡のふしぎな世界」なども開催。来年１月１１日（土）には大麻公民館で同子供教室が予定されています（問い合わせは玲工房・３８４−７２３３）。上江別在住。</description>
      <pubDate>Wed, 07 Nov 2007 11:40:00 +0900</pubDate>
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      <title>江別へのこだわりや愛情が高じて『「江別ばか」の会』を旗揚げ</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=13</link>
      <description>2007年10月号江別へのこだわりや愛情が高じて『「江別ばか」の会』を旗揚げ中本毅彦さん　江別生まれの「生粋の江別っ子」として故郷・江別をこよなく愛する気持ちが高じて、３年ほど前に『「江別ばか」の会』を旗揚げしました。育った家は現在の江別神社の近くで、先代は江別米穀の初代社長。中本さんは旧制中学からは札幌などに通学、大卒後は札幌の会社に就職し、退職後は札幌市商店街振興組合連合会の事務局長を務めるなど、約５０年間の通勤・通学生活を経験。常に江別と札幌を比較しながら、江別で暮らしてきました。「江別は活気のないマチといわれていますが、あるシンクタンクの予測では、北海道の都市で将来、人口が増えるのは江別のみ。気づいていない魅力や底力が何かしらあるはず」と、思いを込めます。その何かを探すために、石狩川エコミュージアム構想への参加や、江別アサヒビール会の幹事として、江別の地理や歴史を知る機会を提供するなど積極的に活動しています。『「江別ばか」の会』は、中本さんが副会長を務める江別ファイターズクラブの分科会的に誕生、その実態は「江別にこだわり、バカみたいに愛し、地元に頑張ってほしい」という気持ちの象徴とのことで、特に会員も募らず、具体的な活動も行っていませんが、「江別のために何かをやるときには『江別ばか』のネットワークとパワーは捨てたものではない」と熱く語ります。大麻中町在住。</description>
      <pubDate>Sun, 07 Oct 2007 12:30:00 +0900</pubDate>
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      <title>知る人ぞ知る、韓国仕込みの無添加キムチを加工。その味はデパ地下でも絶賛。</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=2</link>
      <description>2007年9月号知る人ぞ知る、韓国仕込みの無添加キムチを加工。その味はデパ地下でも絶賛。佐藤　勇　さん　食品添加物を一切使用せず、乳酸菌の作用を最大限に活用してつくられる「造り家」のキムチは、口コミとマスコミ取材などで全国区に。今や農業のマチ・新篠津の顔ともなっています。　代表を務める佐藤さんは同地で４代目の農業者として米や麦などのほか、白菜を生産してきました。ただ、生産するだけの農業に疑問と限界を感じ、生産物の加工や流通について模索しているうちに、「先代が大好きで自分も小さい頃から食べていた」というキムチの加工に挑戦したいと考えるようになり、奥さんの美知代さんともどもキムチの本場・韓国に足繁く通い、田舎の伝統的なキムチの作り方を勉強、研究し続けました。　そして２００１年９月頃に商品化できると判断、同年１１月に「造り家」がオープンしました。その後も２年間は農業との兼業が続きましたが、オープン当初からの人気に拍車がかかり４年前からはキムチ加工一筋に。家族３人による手作り加工というこだわりを貫いているため、目一杯の製造が続いています。　白菜はいくら高くても日本で最も良いものを仕入れ、唐辛子やアンチョビソースは韓国製の最上級品、ニンニクも青森産の最高級品を使用するという徹底ぶりとその味が評価され、９月からは札幌・大丸のデパ地下でも販売されます。問い合わせなどは同店・０１２６−５８−３５３２。</description>
      <pubDate>Sat, 01 Sep 2007 09:36:10 +0900</pubDate>
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      <title>中津湖の浄化に尽力し、ウォーキングルートを整備</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=6</link>
      <description>2007年8月号中津湖の浄化に尽力し、ウォーキングルートを整備桑原則男さん　国道２７５号線の新石狩大橋を渡った左側には、蛇行していた石狩川のショートカットによってせき止められた旧石狩川に囲まれた中島地区があります。そのせき止められた川の一部分の土砂を汲み上げたところに水が溜まってできた沼に何時の頃からヘラブナが自然繁殖し、知る人ぞ知るヘラブナ釣りの名所に。釣り人からは砂取沼と呼ばれていましたが、地域などのゴミが大量に放棄され、釣り人以外は近寄らない荒れ地でした。これを嘆き、美化活動に乗り出したのが、隣接する篠津地区で農業を営む桑原則男さん。後継者難にあえぐ農業にあって、就農に手を挙げる若者が増えているという同地区の中で、「生まれ育った地域が荒廃しているのに心が痛み、後継者のためにも美しい自然に戻すべきと痛感した」と、１０年前からゴミ拾いをはじめ、近年では大掛かりな浄化運動が行われて「中津湖」と命名。そして今年、周辺地区をウォーキングルートとして整備する「篠津兵村フットパス」プロジェクトを立ち上げ、今後の有効活用を探っています。「誰でもどうぞではありませんので、看板などは一切立てません。興味のある方は篠津まで足を運び近隣の農家に聞けば同ルートに辿り着くことができます」。篠津在住。問い合わせは自宅３８４−６３９２まで。</description>
      <pubDate>Tue, 07 Aug 2007 11:50:00 +0900</pubDate>
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      <title>小さな店で大きな餃子を振る舞う中国・ハルビン市出身の主婦</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=1</link>
      <description>2007年7月号小さな店で大きな餃子を振る舞う中国・ハルビン市出身の主婦松本天歌さん　豊幌の住宅街（豊幌花園町２１−１５）の一軒家１階を開放した餃子専門店「餃子天歌（てんか）」（３８９−４０８８）が今年４月にオープン。店主の松本天歌さんは中国・東北部黒龍江省のハルビン市出身で、大卒後、公務員として務めていましたが、日本企業の中国進出にともない、中学時代から学んでいた日本語の通訳をめざし、１０年前に日本の専門学校に日本語留学。現在のご主人との結婚を機に９年前に豊幌に移りました。「中国では女性も働くのが当たり前」で、以前から近所の奥さんなどに教え味わってもらって、絶品と評されていた餃子を「より多くの人に味わってもらえれば」との思いで、ランチタイムのみの餃子専門店のオープンに踏み切りました。「出身地では節目に餃子を食べることが多く、小さい頃から大人がつくる餃子に接してきた」という天歌さん。厚くてモチモチ感がある皮や、肉、野菜、小エビ、漢方薬少々によるだし汁が特徴の中身は全て手づくりで、素材は地元産を使用しています。６月からは定番のニラに加えて、セロリ、ピーマン、キャベツ、白菜の５種類の具材が楽しめる餃子５個セット・９５０円（野菜サラダ３品、ごはん、スープ、ウーロン茶付）をメニュー化。持ち帰りの冷凍餃子（５個・４５０円）も好評です。豊幌花園町在住</description>
      <pubDate>Sun, 01 Jul 2007 09:48:42 +0900</pubDate>
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      <title>あのザ・ウィンザーホテルに珈琲豆を提供も、街の珈琲豆屋にこだわり</title>
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      <description>2007年6月号あのザ・ウィンザーホテルに珈琲豆を提供も街の珈琲豆屋にこだわり小笠原均さん　昭和中期に旧石狩信金の店舗として建てられた重厚な店内に漂う香ばしいコーヒー豆の香り。扉一枚でお客を「珈琲ワールド」に引き込むノースライブコーヒー社長の小笠原均さんは岩手県出身の元大手銀行マン。札幌支店に転勤後、早期退職制度を利用して縁もゆかりもない北海道での定住を決意し、銀行勤務時に懇意にしていた東京の珈琲豆卸問屋ライブコーヒーで修行を積み、のれん分けとして北のノースを加えた店名をもらいました。９年前、ギャラリーを兼ねた珈琲豆屋を札幌市内でオープン、その１年半後に、原始林に憧れて住居を構えた江別への移転を決断し、野幌８丁目通り沿いの店舗を経て７年半前から現在地（野幌５２−２０）で営業しています。小笠原さんのコーヒー豆へのこだわりは、「美味しい珈琲を家庭や会社で飲んでもらうため」に値頃感のある価格設定と緻密な焙煎術。その味が人づてに伝わり、来年サミット会場となる洞爺湖ザ・ウィンザーホテルのほとんどの飲食施設にコーヒー豆を５年間、納めています。また、同店ではティスティングという意味合いから店内では２５０円でコーヒーを提供。その美味しいコーヒーをさらに引き立てるチーズケーキにもこだわりナムコのチーズケーキ博覧会にも出品中、味は絶品と評判です。野幌若葉町在住。</description>
      <pubDate>Thu, 07 Jun 2007 11:50:00 +0900</pubDate>
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      <title>掲載１０１回、投稿の達人はリカちゃん着せ替え服づくりの達人</title>
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      <description>2007年5月号掲載１０１回、投稿の達人はリカちゃん着せ替え服づくりの達人鎌田フミさん　１６年前、腸内ガスによって死線を彷徨った頃からノートに文章を綴るようになりました。それから５年後に初投稿、５回目にして初掲載され、その後１２年間で北海道新聞の「読者の声」欄などに１０１回、掲載されました。小さい頃から読書が好きで、今でも硬軟問わず興味のある書物は片っ端から読んでいるそう。「文章が書けるのはそのお陰かも。でも書きたいときだけ書いています」。投稿文の内容は身の回りのことがほとんどですが、鋭い分析や指摘が込められているものばかり。もう一つの名人芸はリカちゃんなどの着せ替え服の裁縫。ミシン歴は６０年余りで、以前は婦人服や紳士服も縫っていました。きっかけはリカちゃん人形が好きだった娘さんから人形をプレゼントされたことで、小さい頃、人形ごっこも好きなった鎌田さんの心に火が付き、娘さんともども着せ替え服の裁縫などに没頭しました。その娘さんは９年前にガンで他界。「縫うことと書くことをやめないで」の意志を継ぎ、十数年間で縫った着せ替え服は約７０００着。現在は「江別ぶらっと よってけ かってけ たべてけ屋」で１着２００〜３００円の廉価で展示販売されています。「好きなことをやっていられるので元気でいられる。果てる直前まで前へ前へ進みます」と笑います。元江別在住。</description>
      <pubDate>Mon, 07 May 2007 11:50:00 +0900</pubDate>
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      <title>サラリーマン経験を生かしながら地域医療に取り組む家庭医</title>
      <link>http://www.ebetsu-eye.net/modules/weblog8/details.php?blog_id=9</link>
      <description>2007年4月号サラリーマン経験を生かしながら地域医療に取り組む家庭医山崎茂さん　まるで落語家のような風貌と語り口。昨年７月に開業したウルトラ内科小児科クリニック（大麻栄町１１−９）の山崎茂院長がユニークなのはそればかりではありません。大学卒業後、富士フイルムの研究所で研究員として１０年以上サラリーマン生活を送ったのち、３５歳で医大生となりました。そのきっかけは研究所での有機素材を使った医薬品の研究。医薬品に興味を持つうちに医学で社会貢献したいとの思いが募りました。医大生の頃から地域医療を志し、できるだけ早くに地域での開業をめざし、「３６５日働いていた」という３年間の勤務医を経て念願の開業。開業するなら育った大麻地区でとの願いも叶いました。医院名のウルトラは明るい診療所にしたかったから。その名の通り、院内は医療業者などが持ち寄ったウルトラマングッズで溢れていますが、明るいのは医院名だけではなく、サラリーマン時代に結婚式の司会を多数頼まれたという、よどみない弁舌と愛想の良さが看護士や受付など院内に拡がり、病院独自の張りつめた雰囲気はありません。「お年寄りと子ども達が元気に暮らせる地域社会に貢献」との理念のもと、「患者の立場にいた時間が長かったので、両方の立場で患者さんに接していきたい」と笑顔で話します。</description>
      <pubDate>Sat, 07 Apr 2007 12:00:00 +0900</pubDate>
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